大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和37年(う)1180号 判決

被告人 大島之房

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

論旨は、これを要するに、原判決は、「被告人は合名会社大島商店の代表社員であるが、予て大島商店が賃借していた神戸市葺合区八幡通三丁目五番地の一の宅地五百六十二坪のうち約百六十坪か昭和二十九年十一月頃土地区画整理の施行により同区八幡通五丁目四番地の宅地百七坪一勺に換地されたが、整理事業施行者より大島商店が法定の借地権の指定を受けていないので、同商店には該宅地の賃借権の存在を主張することができないのに、賃借権ありとして之を占有し、同三十三年五月中頃より右宅地上に倉庫(建坪約二十四坪)及び物置(約六坪)の建築を開始した、これに対し両月二十八日右宅地の所有者である三共生興株式会社の申請による神戸地方裁判所の決定に基き執行吏木村良修より「右宅地及び建築中の建物に対する占有を解いて執行吏の占有保管に移す。但し右物件の現状を変更しないことを条件に被申請人にその使用を許す、前記倉庫につき現状を変更する一切の工事をしてはならない。」旨の仮処分が執行され、現場地内南端中央部にその要旨を明記した公示書を立て標示されたに拘らず被告人はその趣旨に違反して右執行後同年六月二日頃までの間に工事を続行して右倉庫内の床板を全部張りつけその東半分にベニヤ板を以て内壁を張るとともに天井を設けて事務所及び作業場を設備し、且つ右宅地の周囲に高さ約一間の板塀を設けて仮処分の現状を変更し、以て公務員の施したる差押の標示を無効ならしめたものである。」との公訴事実に対し、被告人が右仮処分執行後に概ね公訴事実記載の通りの造作行為をなした事実を認定しながら、本件仮処分命令に所謂「現状の変更」とは将来土地所有者の行う本件土地に対する建物収去、土地明渡の強制執行を不能または著しく困難ならしめる程度の変更をいい、その程度に至らない変更は仮処分命令に違反せず、仮処分の効用を滅却し、または著しく滅殺するものではないから差押の標示を無効たらしめるものとはいえないと解し、被告人の本件造作行為は右の意味において現状を変更したものとはいえず、従つて刑法第九十六条に所謂公務員の施した差押の標示を無効たらしめた場合に該当しないとして、本件被告人に対し無罪の言渡しをしたのであるが、原判決は、民事訴訟法第七百五十五条に規定する係争物に関する仮処分の要件にとらわれて、刑法第九十六条の解釈適用を誤つたものであつて、この誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから到底破棄を免れないと主張する。

よつて案ずるに、刑法第九十六条にいわゆる「差押」とは、公務員がその職務上保管すべきものを自己の占有に移す強制処分を指称し、また「その他の方法をもつて差押の標示を無効たらしめた」とは、現実に公務員が施した差押の標示そのものを害することなく、差押の標示に対しその効力を事実上滅却または滅殺する行為を汎称するものであつて、同条が公務員の施した封印又は差押の標示を損壊するほか、その他の方法をもつてこれを無効ならしめたものを処罰する所以のものは、公務員がその職務上保管すべきものを自己の占有に移し、占有の事実を明示した場合の国家の作用を広く保護しようとしたものと解せられるから執行吏が仮処分の執行として物の占有を自己に移し、その旨の標示をなした上、現状不変更を条件として使用を許したときは、仮処分の執行を受けたものは、これを使用するについて破損箇所の修繕等その物の保存に必要な行為のほか現状不変を条件とする使用許可の趣旨に反しない限度において些少の変更を加えることはもとより許されるとしても、その物の現状において許された通常の使用方法によらず、物の構造上の変更を来たすが如き造作がなされる場合は、現状のまま保管占有しようとする差押の目的を直接妨害することとなり、差押の標示を実際上滅却又は滅殺するものというべきであつて、その変更が被保全権利の実行を不能又は著しく困難ならしめたか否かにかかわりなく、本条にいわゆる差押の標示を無効たらしめた罪に該当するものと解すべきである。そこで本件について見るに原裁判所及び当裁判所で取り調べた証拠によれば、被告人が代表する大島商店においてかねて賃借していた神戸市葺合区八幡通三丁目五番地の一の宅地五百六十二坪のうち約百六十坪が昭和二十九年十一月頃土地区劃整理の施行により同区八幡通五丁目四番地の宅地百七坪一勺に換地処分をうけたところ、被告人は右大島商店が右換地について賃借権があると主張して昭和三十三年五月中頃から同宅地上に木造スレート葺平家建倉庫一棟建坪約二十四坪及び同平家建物置一棟建坪約六坪の建築を開始して右土地を占拠するに至つたこと、これに対し同月二十八日右宅地の所有者である三共生興株式会社の申請による(被申請人は被告人の従弟で合名会社大島商店の社員である大島郁男)神戸地方裁判所の仮処分決定に基き執行吏木村良修から「右宅地及び建築中の右建物に対する被申請人の占有を解き執行吏の占有保管に移す。但し右物件の現状を変更しないことを条件に被申請人にその使用を許す、被申請人は前記倉庫につき現状を変更する一切の工事をしてはならない。」旨の仮処分が執行され、現場地内南端中央部にその要旨を記載した公示札が立てられ、その標示がなされたのに拘らず被告人は之を知りながら右土地建物を使用するため右仮処分の執行後も引続いて工事を続行し同年六月二日頃までに、仮処分執行当時既に出来ていた右倉庫内の南西隅の宿直室及び北東隅の事務室の夫々一坪半の床張りを除き、その他の約十八坪に根太を施して床板を全部張りつけ、その東半分に仕切用の柱を立ててベニヤ板を以て内壁を張ると共に約十坪半に天井を設けて事務室等を整備し、右宅地の周囲三方に高さ約一間の板塀を設けた事実が認められる。そして以上の如き被告人の本件造作行為が本件仮処分の条件に違反するか否かについて、原判決は被告人の本件倉庫内の造作行為は右大島商店がその営業である紙箱を扱うため湿気を防ぐ必要上設備したものでありその設備は仮設的なものでその除去は比較的に容易であり特別の労力、経費を要しない程度のものであるから、被告人が本件建物に右造作を附加したことにより仮処分により保全せられる被保全権利の実現が著しく困難になつたものとは認め難いし、また板塀は現状のまま使用するについて第三者の侵入を防ぎ盗難等を予防する上においてその保存乃至使用上必要な最少限度のものであるから、本件仮処分の使用許容の範囲に属し、仮処分命令に違反するものではないとするのであるが、元来右倉庫は本件仮処分の執行当時その外郭が出来上つた程度で、内部はほとんど未完成の状態にあつたものであるから、その現状を変更しないことを条件として使用を許された被申請人は、これを未完成のままの状態において使用しうるに過ぎないものというべく、殊に本件仮処分命令においては右倉庫につき現状を変更する一切の工事を禁止する旨を特に明記しているのであるから、たとえ前記大島商店の営業が紙箱を取扱うものであり、未完成の倉庫のままでは紙箱の保管に不適当であるとしても、これはやむをえないことであつて、無断で現状を変更することはもとより許されないものというべく、本件仮処分の執行後被告人において右建物及び土地について前掲認定のような造作をなしている以上、右造作行為は建物及び土地の現状を変更したものとして仮処分命令の趣旨に違反し、その差押の標示の効力を事実上滅却又は滅殺したものといわなければならない。なお本件仮処分命令の被申請人は大島邦男であつて被告人ではないけれども、被告人は合名会社大島商店の代表社員であつて、本件仮処分の執行の際も自らこれに立会い、実質上被申請人と同視されるべきものであるから、右仮処分命令の被申請人が被告人でないことは何ら本件犯罪の成否に消長を来たすものではない。結局原判決は刑法第九十六条の解釈適用を誤つたものであつて、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十条に則り原判決を破棄すべきものとし同法第四百条但書に従い更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は合名会社大島商店の代表社員であるが、予て大島商店が賃借していた神戸市葺合区八幡通三丁目五番地の一の宅地五百六十二坪のうち約百六十坪が昭和二十九年十一月頃土地区劃整理の施行により同区八幡通り五丁目四番地の宅地百七坪一勺に換地されたが、被告人は右大島商店が右換地について賃借権ありとして、昭和三十三年五月中頃より同宅地上に木造スレート葺平家建倉庫一棟建坪約二十四坪、同平家建物置一棟建坪約六坪の建築を開始し右土地を占拠するに至つたところ、これに対し同月二十八日右宅地の所有者である三共生興株式会社の申請による(被申請人は被告人の従弟で合名会社大島商店の社員である大島郁男)神戸地方裁判所の決定に基き執行吏木村良修より「右宅地及び建築中の建物に対する被申請人の占有を解いて執行吏の占有保管に移す、但し右物件の現状を変更しないことを条件に被申請人にその使用を許す。被申請人は前記倉庫につき現状を変更する一切の工事をしてはならない。」旨の仮処分が執行され、現場地内南端中央部にその要旨を明記した公示書を立てて標示されたに拘らず被告人は右差押の標示された事実を知りながらこれを無視して右執行後も右工事を続行して同年六月二日頃までに、仮処分執行当時既に出来ていた右倉庫内の南西隅の宿直室及び北東隅の事務室の夫々一坪半の床張りを除き、その他の約十八坪に根太を施して床板を全部張りつけその東半分に仕切用の柱を立ててベニヤ板を以て内壁を張ると共に約十坪半に天井を設けて事務室等を整備し、且つ右宅地の周囲に高さ約一間の板塀を設けて右仮処分命令に違反し、以て公務員の施したる差押の標示を無効たらしめたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第九十六条罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するが所定刑中懲役刑を選択しその刑期範囲内で被告人を懲役四月に処すべきところ諸般の情状に鑑み右刑の執行を猶予するのを相当と認め刑法第二十五条第一項に則り本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して原審における訴訟費用は全部被告人に負担させることとし、主文の通り判決する。

(裁判官 奥戸新三 竹沢喜代治 野間礼二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例